日本人の“武士道精神”を目覚めさせる啓蒙団体「一般社団法人武士道」公式サイト。

一般社団法人武士道とは?

「志」を立て「己」を知れば、勇気が湧いていくる。

与国真澄
WRITER
 
女性が語る現代の武士道精神『武士道箚記』
この記事を書いている人 - WRITER -
与国真澄

一般社団法人武士道、
代表理事の与国真澄です。

「武士道精神の復活」を目指すにあたり、
自分の未熟さを省みた時の

「穴があったら入りたい」

気持ちと、

「武士道精神を受け継ごうとする団体が必要だ」

という想いを天秤にかけた時、
「私一人の面目など
天秤に掛けるほどの価値もない」と思い、
恐れ多くも代表理事を
務めさせていただいております。

一般社団法人武士道の
代表を務めるということは、
私にとってはそれだけで
十分に勇気を要することでした。

日本文化の結晶であり、
日本が世界に誇る思想でもある
「武士道」を掲げるという事は、
「武士道」を背負う気概を示すことであり、
既存の団体や専門家にある意味
ケンカを売るような事だと考えていたからです。

「もしも、三島由紀夫先生のような方が
御存命であれば、瞬殺で論破されるだろうな、、、」
と、情けない自己評価を下していました。

しかし、皆さまの助けもあって
その情けない自己像を打ち砕くべく、
私は武士道の代表理事に就任し
自分と向き合うことを始めることが出来ました。

そして、
設立から1年が経過しました。

夫であり、
武士道の特別顧問である
与国秀行の背中に隠れて、
“自分も闘っているつもり”になっていた
一年前の自分とは、
多少なりとも違いがあるように思います。

何が変わったか?

まずは「勇気」。

「勇気とは何かを知りたくば、
死を覚悟せよ」

という、
私たちの座右の銘の一つが教えるように、
勇気を奮うには、
それ相応の覚悟が必要になります。

究極の「覚悟」は、
「死」です。

「人生のすべてを懸られるか?」
という問いです。

私たちはあまりにも、
無意味に「死」を恐れすぎます。

今日生まれた赤子も、
罪を重ねた老人も、
徳を重ねた君子にも等しく、
「死」は訪れます。

誰にも等しく訪れるのに、
「死」との向き合い方は
千差万別です。

生きる意味が分からなければ、
「死」を「終末」と捉えるでしょう。

必ず訪れるのに、
その正体を見ようとせず
ただ恐れるのであっては
人は「死」に翻弄されてしまいます。

「人間は魂を持っていて、
肉体が滅びても魂は滅びない」

という、霊的な真実を知らなければ、
「肉体人生が全て」
になってしまいます。
自分の人生を
100年程度のちっぽけな世界観で眺めていれば、
小さな世界での人生計画しか立てられません。

つまり、
無作為に「死」を恐れるという事は、
「人生そのものを小さなものにしてしまう」
ということです。

一方、
「人間は魂を持っていて、
肉体が滅びても魂は滅びない」
そして、
「その魂は生まれ変わりを繰り返しながら
永遠の向上を許されている」

という霊的真実を知っていれば、
一度の「死」の価値が
必然的に下がるでしょう。

「魂の永遠性」という観点から考えた時、
「死」は一度きりではなく、
何度も何度も死にながら
何度も何度も生まれているわけですから、
「肉体の死」に拘るよりも
「魂の生」を磨く事が大切だと気づくはずです。

それを知っていたからこそ
武士(もののふ)たちは、
魂が死んだように生きるより、
永遠の名誉を求めて
勇んで死に向かうことが出来たのでしょう。

私たちが生命を紡ぐこの宇宙は、
永遠の昔から存在し、
永遠の未来まで存在し続けます。

「永遠」と比べて、
たった100年のために生きることが
いかに虚しいことか
心を静めて想いを巡らせて欲しいのです。

人生に、「信念」を持っていただきたいのです。

人生を貫く信念の事を
“志”と呼んでも良いでしょう。

“志”とは、
誰かに押しつけられるものではなく、
自分の魂の奥底から
沸々と湧き起る情熱のことです。

「 五十にして天命を知る。 」
と論語にあるように、
自分の天命、志を見つけるのは
簡単なことではありません。

しかし、
自分の志について考えなければ
50歳を過ぎても志を知るところなく、
どこに向かうかも分からず
漂流するように人生を閉じてしまうかもしれません。

いくら
永遠の魂を授かっているとはいえ、
せっかくいただいた人生ですから
それでは勿体ない生き方ではないでしょうか。

だからこそ、
自分の志を知るべく
自分の中の「正しき心」を
探究する必要があるのです。

人は皆、
目的を持って生を授かります。
(例外もありますが・・・)

自分の魂に刻み込まれた
人生における目的は、
自分が知っているはずなのです。

“人生における目的”を
積極的な意味で捉えなおすなら
“使命”とも言えるでしょう。

あなたの“使命”は、
何でしょうか?

”使命”について、
深く想いを巡らせたことがあるでしょうか?

自分を知り、
自分の使命を知ることを、
私は
「志を立てる」
と云うのだと思います。

「全てを懸けても行動すべし」
の”志”が定まった時人間は、
これまでの自分からは考えも及ばない「勇気」が
魂の奥底から沸々と湧き起こってくるのです。

全てを失っても構わない、
自分の命すら惜しくない
という“覚悟”が、
”勇気”という推進力を引き出す
トリガーになるのです。

私もまだまだ、
“死の覚悟”まで固まっていないかもしれません。

しかし、
自分の中の“嫌いな自分”なら
多少なりとも殺す覚悟が出来たようです。

自分の中の”嫌いな自分”と向き合って
ささやかな勇気を身に付けたこと。

それがこの一年での
私の勲章です。

三島由紀夫先生と対面した時、
瞬殺ではなく、秒殺くらいは
持ちそうな気がします(^_^;)

次の一年でもまた、
古い自分を滅して参りたいと思います。

この記事を書いている人 - WRITER -
与国真澄

Comment

  1. アバター Ryo より:

    共感プラス感動の嵐に見舞われました。綺麗ごとだけではなく正直な姿勢、
    中々さらけ出せないですよね普通は。なんかストーカーみたいになっちゃってるけど許してね(^^;)
    本物の武士って、きっと繊細なんだろうなとこの文章読んで思いました。ライブ配信またやってね!

    • アバター busido1111 より:

      Ryoさん、いつもコメントありがとうございます☆
      真澄です。
      Ryoさんのコメントはギャグが冴えているだけでなく、
      鋭い視点をもっておられるので
      「共感プラス感動の嵐」という言葉、
      とっても嬉しいです!
      またライブ配信やりまーす☆

  2. アバター 武 尚樹 より:

    YouTubeで与国さん知りました。

    • アバター busido1111 より:

      武さん、YouTubeからのお越し、ありがとうございます。
      これからは武士道のサイトにも力を入れていきますので、
      ぜひ今後とも、よろしくお願いいたします!

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